前回(Reggae
& Jamaica vol.46)
ではサー・コクソンこと Sir.D
への個人的な思い出を書きましたが、今回は偶然なのか計算なのか?今ではレゲエの常識となっているバックトラック(ジャマイカではリディムといいます)の使い回しについて。
このリディムの使い回しを最初に始めたのもサー・コクソンのスタジオ・ワンなのですが、何故そんな(ハッキリ言ってセコイ)ことをしたのか全く謎です。考えてみれば解ると思いますが音楽において1度使った曲を他に使うなんて考えられない事です。1つはっきりしているのは、それまで1チャンネルでレコーディングしていたスタジオに2チャンネルのレコーディング機材が導入され、レコーディングのしかたが変わったことがあるでしょうが、今でこそ認知されていますが当時は非常識以外の何ものでもなかったのです。
後からは状況も変わり、もっともらしい理由はつけられますが、少なくとも最初のうちはただの思いつきの気まぐれだったのだと思います。(もちろんレコーディングにかかる経費を抑える目的はあったと思いますが)
何故かというと、数多くのレコーディングが行われていた中でリディムの使い回しが少ない事(もし商売として上手くいっていたならもっと多くの曲が残されていたと思います)や当時のライバル達(デューク・リード「トレジャー・アイル」、プリンス・バスター「ヴォイス・オブ・ピープル」、レスリー・コング「ビバリーズ」など)は誰も「真似」をしていなかったことからも「ナイスアイデア」だったとは思えません。
リディムの使い回しがされるようになったのは1965年頃から、有名な所では
The Wailers「Rude Boy」と
Lee Perry「Pussy Galore」それと
The Wailers「Put It On」と
Lee Perry & The
Soulletes 「Love &
Squeeze」などがあります。(ウェラーズとリー・ペリーが関わっていることから当時レコーディングをコクソンに代わって行う事のあったリー・ペリーの実験的アイデアだったのかも?)
Rude
Boy
|
Pussy
Galre
|
Put
It On
|
Rub
& Squeese
|
ヴォーカルとインストという組み合わせでは
Ossie & Upsetters「Turn
Me On」と Soul
Brothers「Tall In The
Saddle」、The Wailers「And
I Love Her」と
Roland Alphonso 「And
I Love Her(サックスでのインスト)」、The
Wailers「Good
Good Rudy」とハーモニカ奏者
Roy Richerds 「Green
Callie」などがあり、その後のロックステディ期には「キーボード・キング」ジャッキー・ミットゥーがヒット曲のリディムを使ったインスト・ヴァージョンを数多くレコーディングして、リディムの使い回しという「音楽業界の非常識」を「レゲエの常識」に認知させていきます。
そして U Roy や Dennis
Alcapone などの Dee Jay
による「トーク・オーヴァー」の大流行によって一気にリディムの使い回しが数多くのレーベルでレコーディングされていくようになるのです。
しかし、このリディムの使い回しがジャマイカの数多くの才能溢れるミュージシャンにとって、音楽家というよりもトラック・メイカーというように表現の幅を制限され、レコーディングの機会が減る(収入が減る)というようなネガティブな要素を多く含んでいる事も事実です。
今でこそディスコミキサーを使い2台のターンテーブルを使ってミックスするのが当たり前ですが、1960年代にこのようなレコーディングを行ったサー・コクソンは驚くばかりです!!